2026' 高野山ろうそくまつり

お盆を迎えた高野山・奥之院で執り行われた「高野山ろうそくまつり」を訪れました。


日が沈みはじめ、深い杉木立に包まれた奥之院参道には、無数のろうそくの灯りが静かに連なっていました。


「高野山ろうそくまつり」は、奥之院へと続く約2キロの参道に、参拝者自らの手によって約10万本のろうそくを灯し、その一灯一灯に先祖や亡き人への想いを託して供養する祈りの行事です。


昼間の奥之院とは、まったく異なる佇まいで、杉の巨木と無数の墓碑に囲まれた参道、その暗闇の中に、ろうそくの小さな炎がどこまでも続いてゆく光景は、幻想的という言葉だけでは言い表せないものがあります。


それは「美しい」というよりも、むしろ祈りそのものが光となっているように感じられました。


一本のろうそくは、とても小さな灯りです。


けれども、一人ひとりが誰かを想って灯した小さな炎が集まることで、暗闇の参道を照らすほどの大きな光となってゆく.....


その光景を見つめていると、人の祈りもまた同じなのかもしれないと思いました。


奥之院の御廟では、弘法大師空海さまが今なお衆生救済のため禅定を続けておられ、その御廟へ向かって、亡き人を想いながら灯りの中を歩いてゆく。


音も光も人の歩みも、すべてが一つの「祈り」の中に溶け込んでゆくような、不思議な時間です。


お盆とは、亡き人をただ過去の存在として偲ぶだけではなく、今を生きる私たちと亡き人とのご縁を、あらためて感じる時間なのかもしれません。


姿を見ることはできなくても、思い出すことができる。


声を聞くことはできなくても、祈ることができる。


そして、その祈りを一つの灯りに託すことができる。


高野山の深い闇の中で揺れていた十万の灯りは、亡き人へ捧げられた光であると同時に、今を生きている私たち自身の心を照らす光でもあるように感じたひと時でした。

土井建吉公式ウェブサイト